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猛暑が襲うこの7月。
ここしか休みが取れないと分かり急きょ夏のバカンスへ。
前から気になっていた千葉県木更津市にある竜宮城ホテル三日月へ行ってきました!

ゆったり、たっぷり、の~んびり♪でお馴染みの(笑)

ホテル三日月
(ホテル三日月 )
ホテル三日月はレビューでは賛否両論あって期待と不安が入り混じっていましたが、結論から言って良かったです!
プールやバイキングなどおチビちゃん連れならお勧め。悪いレビューほどのサービスの悪さは全くなくて、もしかすると改善されてるのかもしれませんね。

次の日には東京湾に浮かぶパーキングエリア「海ほたる」へ。
遠くから見た橋の全景も壮大ながら、現地から見た360度東京湾の眺めも素晴らしく、まったく人間ってのは凄いものを造るもんですね。

海ほたる
(アクアライン )

さて、この内房と東京湾は古事記や日本書紀などに残るヤマトタケル伝説の舞台でもあります。
ヤマトタケルは第12代景行天皇の息子さんで、東方の蛮族の討伐をした伝説的英雄です。
その伝説から様々な地名や言葉が伝承されてる事を知り、歴史の深さに感動していたのでお話したいと思います。

伝説によれば、ヤマトタケルをはじめとした一行が神奈川県側から船で東京湾を渡って千葉県側に渡ろうとした際に、海が荒れて遭難の危機になったそうです。その時ヤマトタケルの妻・オトタチバナヒメが、荒ぶる海の神の怒りを鎮めるために自らの身を奉じ、それにより嵐が鎮まり一行は無事に渡れたそうです。何とも悲しいお話ですね。

ヤマトタケルは渡り終わった後も、オトタチバナヒメを失った悲しみのあまり、その地をなかなか去ろうとしなかったそうです。
それを見聞きした人々がこの地を「君が去らず」と伝え、そして「きみさらず」から変化し現在のこの辺りの地名「木更津」や「君津」へとなっていったそうです。また、オトタチバナヒメの着ていた着物の袖が流れ着いた伝承から「袖ヶ浦」の地名も残っています。

そして東国を平定したヤマトタケルは帰還の途中、神奈川県の足柄山にてオトタチバナヒメを想い「吾妻はや(我が妻よ)」と三度仰ったそうです。そこから東国のことを「あずま」と呼ぶようになり「東(あずま)」の読みとなったそうです。

ヤマトタケル
(ヤマトタケルとオトタチバナヒメ )

お馴染みの地名や言葉が皇室の歴史とリンクし、また新たに日本の歴史の深さに感動してしまいました。

ちなみに、この伝説は「常陸国風土記」にも同じような話が残っており、なんとそこではヤマトタケルとオトタチバナヒメが後に茨城の地で再会したという伝承が残っています。映画「ゴースト」みたいな感じでしょうか?(笑)二人の切ない気持ちが少しでも癒されたのであればと、ちょっとハッピーな気持ちになりました。





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