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RADWIMPSと言えば大ヒット映画『君の名は。』の音楽を担当したことでも有名で、自分もこの映画をきっかけに好きになったグループです!

そのRADWIMPSの新曲「HINOMARU」が、愛国心を思わせる歌詞がちりばめられ、一部の人から軍歌のようだと炎上し、ボーカルで作詞を担当したRAD野田さんが謝罪を含めたコメントを発表するほどまでになってしまいました・・・。

個人的には問題ない内容だと思いますが、歌詞の中には戦前アレルギーが強い人からすると、拒否反応を示しそうな言葉があると言えなくもないですが、正直気にし過ぎだと思います。

RADWIMPS
(RADWIMPSのニューシングル"カタルシスト"にカップリング収録されてる"HINOMARU")

RAD野田さんは自身のTwitterに、
「日本に生まれた人間として、いつかちゃんと歌にしたいと思っていました」
と投稿されております。

当ブログでは今回の歌詞について、やはり皇室の観点から掘り下げてみたいと思います。
そうすることで、RAD野田さんが伝えたかったことを正しく理解できると考えています。

ちなみに、『君の名は。』という作品もいたるところに神道の要素が散りばめられていて、ストーリーの面白さもさることながら、新海監督の日本文化への思い、見識の高さを感じることができ、その観点でも掘り下げたなくる名作でした!

新海監督とRAD野田さんのお二人がどのような関係性かはわかりませんが、お二人の感性をみると両者が結ばれていったのは必然だったのではないかと思ったりしています。

さて、その歌詞の内容は下記の通り。


(引用ここから)

「HINOMARU」
作詞:RADWINPS Yojiro Noda

風にたなびくあの旗に 古よりはためく旗に
意味もなく懐かしくなり こみ上げるこの気持ちはなに

胸に手をあて見上げれば 高鳴る血潮、誇り高く
この身体に流れゆくは 気高きこの御国の御霊

さぁいざゆかん 日出づる国の御名の下に

どれだけ強き風吹けど 遥か高き波がくれど
僕らの燃ゆる御霊は 挫けなどしない

胸に優しき母の声 背中に強き父の教え
受け継がれし歴史を手に 恐れるものがあるだろうか

ひと時とて忘れやしない 帰るべきあなたのことを
たとえこの身が滅ぶとて 幾々千代に さぁ咲き誇れ

さぁいざゆかん 守るべきものが 今はある

どれだけ強き風吹けど 遥か高き波がくれど
僕らのたぎる決意は 揺らぎなどしない

どれだけ強き風吹けど 遥か高き波がくれど
僕らの燃ゆる御霊は 挫けなどしない

僕らのたぎる決意は 揺らぎなどしない

(引用ここまで)



ネットの反応を見る限り、否定的な意見の人たちの気になるところは恐らく、
「この身体に流れゆくは 気高きこの御国の御霊」
「日出づる国の御名の下に」
「僕らの燃ゆる御霊は挫けなどしない」
といったところではないでしょうか?

もっと絞れば「御国」「御霊」「御名」の3つの箇所でしょう。

まず「御国(おくに・みくに)」ですが、これは御国のために若者が戦地に連れていかれた、という事を思い浮かべてしまうようです。正直言って、自分には理解できませんが・・・。

ここで孝明天皇の御製(天皇の作った和歌)を掲示しておきます。

「玉鉾の 道の”御国”に あらはれて 日月とならぶ 宗忠の神」

こちらは京都の宗忠神社が1865年孝明天皇によって勅願所となったおりに詠まれたとされる御製です。

孝明天皇みずから国に「御」を付けて詠まれてるわけですが、これは古事記によれば神様が国生みをされてるわけですから、孝明天皇からしても国に敬語を使うのは当然と言えるわけです。
つまり「御国」は、先の大戦時に取って付けた言葉でも概念でもないわけです。

さらに「御霊(みたま)」ですが、こちらは靖国神社に祀られてる英霊を語る際によく出てくる言葉です。
しかし御霊はなにも戦争で亡くなられた方だけに使われる言葉ではありません。

神道では人や自然のものに神が宿るというような考えです。
そして古事記をみれば神様が神様を生んで、さらにその神様がまた新たな神様を生みます。
私たちの御霊(≒魂)は神様から頂いた、神の分霊と考えることができるわけです。

RAD野田さんが言う「この身体に流れゆくは気高きこの御国の御霊」とは、この御国を生んだ神様たちから分けて頂いた御霊、先祖から受け継がれてきた御霊が、私達の身体に流れているんだという事でしょう。決して先の大戦の英霊の御霊だとか、ましてや軍国主義の精神だということではないわけです。

現在の皇后、美智子皇后陛下の御歌(天皇以外の皇族が作る和歌)です。

「海陸の いづへを知らず 姿なき あまたの”御霊” 国護るらむ」

こちらは平成8年の終戦記念日のおりに詠まれております。
普段から皇后陛下が平和を望まれてるのは誰の目にみても明らかです。
そんな皇后陛下も使う言葉ですから、好戦的な意味など全くないことがわかります。

最後に「御名(みな・ぎょめい)」ですが、こちらは神様や天皇の名前のことを意味し、神様や天皇の名前を直接言ったり書いたりするのをはばかることから使われてる言葉です。
この歌詞の場合の「御名」は私達の御霊に宿る神々ということになると思いますが、これも上述の御霊の説明通りです。

ちなみに天皇陛下が国事行為の際に現在も使われてる印鑑の事を御璽(ぎょじ)と言います。
その印鑑には「天皇御璽」と彫られていますが、やはりこの場合も天皇と言いはばかることから、これを「御名御璽(ぎょめいぎょじ)」と言い、あえて天皇とは言わないわけです。

歴史博物館や大きな神社の資料館などに行くと、過去の天皇陛下から頂いた「御名御璽」入りの詔書などが展示されていることがあり、結構簡単に見つかりますので是非探してみてください。
ちょっと興奮しますよ(笑)

御名御璽
(終戦の詔勅-御名御璽)

さて、RADWIMPSの歌詞です。
これまで説明してきた通り、新曲「HINOMARU」の歌詞に使われてる言葉の意味をそれぞれ見ていけば、決して軍歌、戦争といったような意図ではないことが分かってきますし、それどころかRAD野田さんがTwitterで発言した

「日本に生まれた人間として、いつかちゃんと歌にしたいと思っていました」

この思い通りの歌詞をまさに作り上げたんだと分かって頂けると思います。
ホント良い曲だと思います。
(自分もiTUNESでダウンロードしちゃいました)

現代日本人が日本の信仰や伝統文化、皇室を語ると、時々どうしても昭和の戦争のフィルターを通しがちです。
しかしそれはあくまで長い長い日本の歴史のほんの1ページに過ぎません。そのフィルターを通してしまうと本来の日本の姿がネジ曲がってしまうので気を付ける必要があります。

本日は以上です。
ありがとうございました。
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